2014年08月17日

デジタル化で退化するスキル・グレーゾーンをグレーゾーンと認識して、考え続ける力

Tよろづ相談所病院のH先生と一緒に働いていたときに、(当時)最近の若い人たちは、画像の再構成が下手だなあ、なんでやろ、みたいな話になったことを思い出します。


それはきっと、思春期に○○本を見ていた私たちは、2Dから3Dへ無意識に再構成して、しかも動画を頭の中で構成していたのが、もう今は若い頃から動画だもんな〜、そりゃ画像再構成力は退化するわ、やっぱり思春期の頃の集中力、想像力ってスゴいなー。みたいな、ちょっとアレな話であったのですが。




便利になると、人間は退化します。間違いなく。肺炎にク○ビットを使うようになると、一気に抗菌薬の知識が抜け落ちていくのと同様、検査技術、器械の発達によって、血液中にあるごくごく微量の物質の量が測定できるようになって、画像検査が気軽に高解像度で出来るようになって、確実に私たちの診察能力は退化している。


デジタル化思考になると、「診断が付かない状態=グレーゾーン」への対応がどうなるのか、大変興味があります。


救急の現場などでは、パッパッと診断が付いて、すぐに答え合わせが出来る、そういう疾患が多いかもしれませんが、普通の外来だったらそんなことはありません。パッと診断名がつかないことなんて山ほどあります。そのときに、グレーゾーン≒精神的なもの、ストレス性、とかラベリングをして、そこで思考停止になっている症例をよく見かけるのです。


あるいは、先の症例のように、特定のキーワードで引っかかった診断名に引っ張られてしまう。デジタル化されたスイッチがonになってしまうのでしょうか。



これは一つの仮説であって、検証はおそらく無理であるしおそらく意味がないのですが、デジタル思考の持ち主であれば、まず言語を頭に入れるよりもまず山ほどの実体験の方が有効ではないか、と思ったりしています。


その場合、ある時期には限られた、範囲を絞った分野でしっかりとたくさんの体験を積み、ある分野での自分なりの臨床推論法を身につけるのが確実なようにも思ったりします。1つの分野で極めれば、その後同じ方法論で他の領域にも応用が利くのです。




近頃の若い者は…というつもりは毛頭ありません。育った時代、受けた教育が異なるのですから、結果できあがったものが異なるのは当たり前。


ただ、教育をしていくものとしては、おそらく私に近い年代の指導者の方々が、デジタル世代の指導をするにあたって、心に留めておかれるとよいところがあるのではないか、と思ったのでした。


大学だったら、研修医の先生にまず考えさせて、それから上級医の考えをフィードバックして、という時間がしっかりとれるので、その点軌道修正しやすいのではないでしょうか、とさりげなく宣伝してみたりする。

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