2016年05月08日

『学力の経済学』を読んでわかったこと。3・「いい先生」とはどんな先生か?

最初に結論を書いてしまうと、「『授業評価』は、教員を客観的かつ本質的に評価するものではない」、「教員の質をカイゼンするためには、何らかのインセンティブは寄与する可能性があるが、教員研修は役に立たない」。



何を隠そう(隠してない)私も、滋賀医科大学のベストティーチャー賞を受賞していまして、これまでにあちこちで「経歴」と称して「長尾先生はベストティーチャー賞を受賞され云々…」とご紹介頂いております。


正直、私自身は年がら年中教育のことを考えている自信がありますし、これまでやってきたこと、そしてこれからやろうとしていることもベストティーチャーに恥じないという自負はあります。


ですから私がベストティーチャーの称号を頂くことはそれでいいのですが、実際問題滋賀医大の『ベストティーチャー』の決め方を外から見ていると、本当に「その年のベスト」なティーチャーを選んでいるのかどうかは甚だ疑問に思うのです。


選考課程は実はブラックボックスですが、漏れ伝え聞くところによると…

  • 「授業評価」「学生アンケート」の結果を基に決定している。

  • 候補者は講師以上の職にあること。

  • 1回選ばれたら二度と選ばれない



などの決まりがあるようです。そういうわけで私も二度と受賞することはないですし、今後「滋賀医大でベスト」な教員がどんどん増えていくことになります。ベストの意味が違うような…。


それはいいとしても、選考のポイントである「授業評価」「アンケート」これがくせ者です。


なんと授業評価に関する研究で、「美人の先生ほど授業評価が高かった」という身も蓋もないエビデンスがあるとのこと。つまり、主観的な「評価」には、主観的な「好き嫌い」がかなりの割合で含まれることになるのですね。アンケートもしかり。特に本学でやっているアンケートの項目は、授業や実習の本質を知る上では役に立ちそうにもない項目ばかりです。


逆に、そういう意味で言えば、見た目にかなりのハンディキャップを抱える私の評価が高い、というのは、相当高評価である、と言えなくもないのですが…(笑)。冗談?はさておき、それゆえ教員の実質的な評価は、担当前と後とでの学生群の成績の向上度合いで見るべき、という議論があって、それは確かにもっともなのですが、医科大学でやるのは難しいかもしれません。ある程度カリキュラムをそろえた複数の大学間で比較する、ということはできそうですが、教員の反発は必至でしょうね。



教員研修が教員の質を上げることにはならない、ということも、日々実感されることです。受ける側のモチベーションにもよると思うのですが、FDで「いい話」を聞いても、グループワークをしても、自分の担当する教科、授業にフィードバックされなければ「教員の質≒教育の質」の向上にはつながらないでしょう。


そういう意味ではFDの組み立て自体、アウトカムベースで組まなくてはならない。今のように形だけ持ってきて「やりましたよ」というための、いわゆるアリバイ作りのためのFDでは時間の無駄です。まあ結局それを決めている上の方の方々の問題になるのでしょう。巷では、「役のないときにはかなり改革的なことを言っている方でも、役が付いたり上のポストに上がると何も言わなくなり、事なかれ、保守的になる」とささやかれていますが、そんなものなのかもしれません。


制度に期待できないとすると、やはりすぐできることとしては、「学生、教員のモチベーションを上げる」ということになりますね。以前にも書きましたが、学生さんのモチベーションを上げることは少し光が見えていて、

  • とにかくスタート時点できちんと理解してもらう。

  • その上で、面白さ、やりがいを伝える。


ここを意識しています。もう少し試行錯誤して、もっと精度を上げていきたいと思います。教員のモチベーションは、難しいですね…。

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posted by 長尾大志 at 14:21 | Comment(0) | 教育理念・メッセージ
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