ですので、抗菌薬治療の末に、菌交代が起こって、その結果MRSAが生み出される…みたいな理屈があります。
しかも、元々は表皮に住んでいる菌ですから、一度生み出されればヒトの表皮に常在して、(医療従事者の手指から手指へと伝わっていき、)音もなく過ごしているわけです。そして、宿主の免疫力が低下、あるいは周囲の競合する菌が絶滅したときに蔓延ってくる。
そういうわけで、院内で感染する菌として、重要な意味を持つわけです。
また、使う抗菌薬もある意味、特別な薬(しかも高い!)ですから、MRSAが感染の原因菌であるかどうかの見極めは、大変重要であると言えます。
ということで、肺炎のガイドラインにおけるMRSAの取り扱いを見てみましょう。
市中肺炎のガイドラインでは、市中肺炎における頻度が少ないこともあり、あまり大々的に取り上げられていませんが、院内肺炎と医療・介護関連肺炎のガイドラインでは大きく取り上げられています。これらのガイドラインでは、どういうときに疑うべきか、という指標が挙げられていて、参考になります。
院内肺炎ガイドラインにおいて、MRSAの保菌リスクが疑われるケースとして挙げられているのは、
- 長期(2週間程度)の抗菌薬投与。
- 長期入院の既往。
- これまでに鼻腔や痰などからMRSAが検出された。
という項目ですが、これはあくまで「保菌リスク」であることに注意してください。
どういうことか。
これを満たせば、「MRSA肺炎として治療せよ」ということではなく、「MRSAを保菌している可能性があると考えよ」ということ。
たとえば、院内肺炎を発症した患者さん。喀痰グラム染色でブドウ球菌の貪食像があったと。で、2週間抗菌薬を投与されていたならば、これはMRSAが原因に関与している可能性が高く、治療当初から抗MRSA薬を併用していくことで、予後の改善につながるものと想定されているのです。
一方、院内肺炎患者さんで仮に上記の条件を満たしても、喀痰グラム染色で何も出ていない。しかも軽症、となりますと、初期治療でMRSAを叩きにいく根拠に乏しい、ということになります。
治療の具体的な考え方は後に詳しく述べますが、こんな感じに理詰めで決めていきます。
医療・介護関連肺炎のガイドラインでは、「耐性菌リスク」として、
- 過去90日以内に広域抗菌薬を2日以上投与された。
- 経管栄養を施行された。
という項目がありますが、これらは緑膿菌はじめ、他の耐性菌も含めたリスク因子です。MRSAのリスクは「MRSAが過去に分離された」ことでの判断となります。
このようにガイドラインではMRSAを取り上げていますが、(以前にも紹介しましたが)大阪大学感染制御部の朝野先生は、「普通の肺炎の表現型(浸潤影を生ぜしめる肺炎)でMRSAが原因菌であることは、感染症の専門家としては考えられない」とおっしゃいます。
MRSAは、耐性菌でもありますが、その前にブドウ球菌であります。ブドウ球菌による感染症は、組織障害性が特徴です。肺であれば、普通の肺炎ではなく、肺膿瘍や膿胸といった「肺が破壊される病態」を呈することが多いわけです。
ですから、朝野先生は、「痰からMRSAが出ている普通の肺炎」は、保菌しているだけなのではないか、検出されたMRSAが原因菌として明らかな意味があるのは、空洞や壊死を伴う膿瘍様病変からMSSAやMRSAが分離されたときである、とおっしゃっています。
この考え方に沿うと、「MRSA肺炎」は随分少なくなるだろう、とのことですが、なかなか臨床のセッティングで、重症患者さんのMRSA感染症を「否定」するのも勇気が必要。
ただ少なくとも「痰からMRSA」だけで抗MRSA薬、ではなく、少なくとも貪食像があるかどうかは確認し、そして臨床像はいかがなものかに思いを巡らせたいところです。
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