働きはじめる研修医の先生へ(だけでもないけど)、もう少しメッセージを書いておきましょう。
しばらく前から言われ続けていることですが、「医師が診察時に患者さんの方を見ない」「PCばっかり見ている」みたいなこと、皆さんも聞いたことがあると思います。
これはどういうことか。
PCには各種の「データ」が表示されます。そのデータを見て、診療をする。そうなると、どうしてもそちらばかりに気を取られるわけですね。
でも、そういう時代だからこそ、あえて「患者さんを診る、見る」ことの大切さを強調しておきたいと思います。
データはあくまで、その患者さんから得られた情報の一部でしかありません。数字を見ると、何だか正確なことをしている気分になりますが、その数字に引っ張られて誤った判断を下す陥穽にはまることもあるわけです。どのようなデータも、感度、特異度が100%ではありません。「状況証拠」に過ぎないのです。
できる限り正確な判断をするためには、まずは物的証拠を得ること。
物的証拠を得れば、「お前はクロだ!」と犯人を特定できますね。血培から肺炎球菌が出たら肺炎球菌による菌血症とか。
そういうものが得られない場合、できる限り状況証拠を積み重ねて、検討を重ねて、最終的に「犯人はお前に違いない」と逮捕状を取る(治療を決定する)ことになります。
この過程で、はなはだ弱い状況証拠と思い込みで犯人を決めつける、ということが、あちこちで日常茶飯事となっている、としたら…。
時々新聞で見かける「冤罪」になってしまい、罪のない人に濡れ衣を着せる(誤った治療を行う)ことになりかねません。何よりも迷惑を被るのは患者さんです。
で、繰り返しますが、データはあくまで状況証拠なのです。さらに聴取した病歴や身体所見、画像所見といった、それ以外の状況証拠を積み重ねて、最終的な診断の精度、確度を上げる努力が必要です。
これは自分でもしばしば陥りそうになるもので、自戒を込めて、書いておきたいと思います。
臨床推論のところでは、感度が○%、特異度が○%で、L/Rがナンボ、であるから…といった数字が出てくるとどうしても苦手、という方も決して少なくないと思うのですが(私がそうなので少なくないと信じているのですが)、これとこれ、これだけの状況証拠があるからこの診断が妥当である、という「臨床的」判断はそう決して難しいことはないはず。
逆に、身体所見でも感度、特異度が高いものだってたくさんあるのです。そういったものを拾い上げるようになる、これも初期研修で是非身につけて頂きたいものであります。初期でそのあたりをスルーする習慣が身につくと、なかなか後で身につけるのは大変なのです(実感しています…)。
「データ」を見るだけなら、「お医者さん」でなくても、極端な話、誰でもできることです。お医者さんの価値は、お医者さんにしかできないこと、臨床診断、総合判断にあるんじゃないか、と思っています。プライドを持って診療を行うために、今身につけておくべきことがあるはずです。
とはいうものの、ブログ上で身体所見や臨床推論に触れるのは少し難しいところです。とはいえ、次の書籍化のオファーでそんな感じのものもあったり無かったりするので、機が熟したらやっていきたいと思っていますが、さしあたっては、データの解釈をする上で陥りやすい罠について、いくつか取り上げていきたいと思います。身体所見や臨床推論は研修で指導していきます。
もちろん、「患者さんと向き合って、お話しして、患者さんを理解する」こと自体も劣らず重要なことですが、またそれは別の機会に取り上げます。
データの解釈を最初から読む
2013年04月05日
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