今回「健康科学概論」の概論では、昨今SNS等でしばしば見かける「科学的思考ができない医療関係者」を念頭に、せめてこの授業を聴いた人はそうなってほしくないな〜と思いながらお話をいたしました。感想の続き(厳選)を見ると、なんとかその思いは多くの方に届いたかなあと感じております。
(感想ここから)
今回の講義を聞いて当たり前だけど、医者として科学的に考えることが大切だということが分かりました。コロナ禍で、ニュースやSNSを見ていてコロナに対するデマやコロナのワクチンに対する根拠のない情報を見ることがよくありました。特にSNSで、科学的な根拠がない情報が多く出回っていたけど、根拠がないにも関わらず、その情報が拡散されていたり、コメントなどで大多数の人が根拠のない情報を信じていたら、自分も信じそうになったことがあったので、情報リテラシーを身につけることが大切だなと思いました。
今でこそ治療法が確立した病気はたくさんあると思いますが、そうなる前はいかに発症者やその周りが不安になったか感じられました。コロナワクチンについての話がありましたが、私の母も現在進行形でワクチン反対者なので、新しいものがいかに排斥されるかが分かります。そんな中でも人類のために研究を続けてくれた研究者達には本当に頭が上がらないです。しかし、だからといって新たな何かをただ受け入れるのではなく、自らで調べる力がこれからの世界には求められるように思いました。
今日の講義では、私たちが今後一生関わっていくであろう科学とは何なのかについて学ぶことができた。特に可謬性の話は興味深かった。反ワクチン派の中には医師も含まれているとは聞いたことがあり、ずっとどちらが正しいのだろうと考えていた。しかし、今回の可謬性の話を鑑みると、科学は一度出した結論に固執することなく常にアップデートし続けるため、「今のところ」ワクチンに効果はあるという考え方で何もインチキはない、と考えられるようになった。この可謬性は、これから科学を拠り所にするためにも、あるいは科学に頼り続けるためにも大切にしなければならない概念だと感じた。
今回の講義で初めて可謬、不可謬という言葉を知り、この概念を年齢が上がっても忘れないようにしなければならないと思いました。なぜなら、上の立場になっていくにつれて、自分が間違うかもしれないと疑うことが難しくなると考えるからです。今の自分は大学に入ったばかりの最下級の1年生なので、無知であり可謬である自覚が十二分にありますが、今後学年が上がるにつれて部活内での立場も強くなるでしょうし、また実際に医師として就職してからもキャリアを積むにつれてある程度周りからの扱いも良くなると思います。その時に、自分の知識や技術に対する自負やプライドを持つと同時に自身の可謬性を認識することは、簡単なことではないと思います。なので、年齢を重ねても医療以外の「初心者」になれる他の分野にもチャレンジし続け、自分の無知さを自覚し続けることを心がけようと思います。
可謬、不可謬の考え方がとても印象に残りました。近頃はSNSでどんな人でも自分の意見を発信できる時代で、さまざまな意見を目にすることができるようになりました。今回の話の例でいえば、反ワクチン派と呼ばれる意見の人も多くのSNSで見られます。頑なに主張をする人々の意見の中では有名な〇〇先生が△△と言っていて、のように一見根拠がしっかりしているようなものが多く見られます。私はそれらの意見に違和感を感じつつも言語化することができずにいましたが、それらの人々は不可謬を認めない、という話から、違和感の輪郭を掴むことができました。他に考えられる全ての説を放棄してたった1個の考えに固執することを宗教と呼ぶ、ということです。この考え方を持った上で、学んでいこうと思いました。
世間は有象無象の情報で溢れており、その取捨選択は困難を極めます。中には医師を名乗って科学的根拠のないデタラメを言いふらす人もいます。医師は一般的に信頼を置かれている職業のため、医師の意見には説得力があるはずです。医師がその説得力を結果的に悪用する形で言説を唱えるのは、他の職業の人と比べてもより一層悪いことだと思います。こんな現代において、科学的根拠を持って価値判断することは私たちに求められている重要な能力の一つであり、そしてそれは医師であるための必要条件であるべきです。今から統計学の授業等を理解できるように努めたいです。
今回の授業で特に印象に残ったのは、医療における「診断」と「治療効果の評価」の難しさである。かぜの診断について、症状が自然経過で治ることも多く、薬で治ったかどうかを厳密に判断するのは難しいという話に深く納得した。医療行為が必ずしも因果関係を明確に示せるわけではないという点は、今後臨床を学ぶ上で重要な視点だと感じた。また、がんの治療の歴史を学び、外科手術から化学療法、放射線治療など、時代とともに進歩してきたことに感銘を受けた。特に、がんの原因について体細胞突然変異ではなくウイルスによるものではないかという話は初めて耳にして驚いた。
私は今回の講義を聞いて、医療の進化に感銘を受けた。講義の前半では、薬とワクチンについて、後半ではがんの歴史についてお話をされたが、これらの医療の発展により、現代が作られていることに驚いた。前半では、薬、ワクチンの有効性は統計的に検討され、我々のような将来医療従事者となる者は患者にその有効性を分かりやすく、納得してもらえるように伝えなければならないと感じた。後半の歴史では様々な調査によって解明された疾患の説明で、現在よく分かっていない疾患も、いつかは解明されるかもしれないと感じ、患者のためにより良い医療になると期待が大きくなった。
風邪の診断には様々な要素が必要だとわかりました。SNSであやしい広告をよく見るので騙されないように本当に効果があるのか科学的に考えるようにしたいです。可謬と不可謬についてあまり聞いたことがなく、知れてよかったです。物事を考えるときに不可謬ではなく可謬的に考えるように心がけたいです。がんが紀元前から存在が確認されているのには驚きました。様々ながんの研究が長年にわたって行われていることを知り、興味がわきました。講義を受けて、科学的に考えることの重要性を改めて感じました。
祖母が病気で1錠数万円する薬を服用していたそうなので、助成制度がなければ生きていられなかったと思うが、医療費の増大という観点でもしっかり考えていかなければいけないと考える。難病患者への助成を減らすのではなく、医療制度の中で無駄な部分を削っていくことが必要なのではないかと思った。
これまでのがん治療の研究の歴史を追っていくことで、様々な人が関わり試行錯誤を繰り返して現在の治療にたどり着いたということを改めて実感しました。今から考えると突拍子もない発言に思えても、その繰り返しだったと思うとやってみることの大切さや、その一方で情報を鵜呑みにしない強さも持っていたいと思いました。科学に関わる一員として、間違いを認めてあらたに学び、吸収していく姿勢を忘れないようにしたいと思います。
(感想ここまで)
なお、感想のすべてをご覧になりたいという奇特な?方はこちら↓に掲載しておりますのでどうぞご覧ください!
https://note.com/hot_tapir3414/n/ncbe166e20d05
posted by 長尾大志 at 17:16
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